ナカチカ100年史

第3期|大変革期

1993 〜 2010

ナカチカの底力
「“このままじゃダメだ!”
三代目のCI革新」

呉服業界の明らかな衰退、
そしてバブル経済崩壊を迎えた1990年代。
不況のなか企業努力を続けてきたナカチカも
本格的な事業整理を迫られることになった。
改革の旗を掲げたのは、
当時いち社員であった中島善夫。
社員一丸となって頭と身体を使い、
苦境を乗り越える。

第3期|大変革期

1993

当時社員だった中島善夫がリーダーとなり、CI(コーポレートアイデンティティ)革新を実施。「ナカチカ株式会社」 に社名変更し、ロゴも一新。組織改編と事業整理を行う。

1994

営業部門を強化。呉服以外の業界での新規営業活動が義務付けられる。成功事例を社内で共有して他業界のノウハウを蓄積。のちの家電販売店、自動車販売店業界における売り上げ増加の地歩を固める。

1996

販促商品カタログ「集客一番」を発行。ここで生まれたさまざまなアイディアが、この後の新規開拓で大いに活かされることとなる。

1997

呉服業界で培ったノウハウを活かし、家電販売業界をはじめ、自動車販売、住宅販売、製薬などの分野で新規取り引きを開始。

2002

松下電器(現・パナソニック)の販売店向けダイレクトメール。わさび成分を含んだフィルターを装備するエアコンと冷蔵庫を訴求するため、握り寿司のデザインに。開くと“サビ入り”のビジュアルが現れる仕掛けだ。現在も取り引きが続く同社から受注した最初の仕事。
2001~2002年のその他の仕事をみる

2006

中島善夫が社長に就任。新規事業として、東京・西荻窪に女性専用の健康体操教室「カーブス」を出店、ヘルスケア事業に取り組む。
2006年のその他の仕事をみる

2007

マツダの販売店「オートザム」(当時)の顧客向けダイレクトメール。カレールーのパッケージという斬新なデザインで当時の自動車販売店ではあまり見かけない集客企画を行った。この頃を機に、自動車販売の売り上げが徐々に増加していく。

当時の出来事

バブル経済崩壊。ドラマ『高校教師』(TBS)が大ヒット。皇太子(現在の天皇)ご成婚。

Photo:毎日新聞社 / アフロ

Photo:読売新聞 / アフロ

大江健三郎がノーベル文学賞を受賞。電動自転車「ヤマハ パス」(134,000円)発売。

「たまごっち」発売。ルーズソックスが流行。

Photo:ロイター / アフロ

『週刊少年ジャンプ』(集英社)で『ONE PIECE』が連載開始。世界初のハイブリッド乗用車「プリウス」(トヨタ)登場。

Photo:ロイター / アフロ

FIFAワールドカップが日韓共同開催。多摩川に出没したアゴヒゲアザラシの「タマちゃん」が全国的な話題に。

日本郵政株式会社が発足。携帯電話でテレビが視聴できる「ワンセグ」開始。トリノオリンピック女子フィギュアスケートで荒川静香が金メダル獲得。

iPhone発売開始。

Photo:AP / アフロ

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